Diary

舞台『炎の蜃気楼 昭和編』新潟ロケに行きました。その2

  • 2018/06/28 12:16

→ミラージュは「死後の生」を描いたもので、登場人物は皆「実在した方々」から「プロフィールをお借りして」描いた作品でしかないことを胸に留め、
その原点である方々への敬意を忘れず謙虚に、という気持ちで書いてきましたが、
それでもこうして地元の皆さんにあたたかく迎えていただけて、言葉をかけてもらえることは、本当にありがたいことでした。
これも読者のみなさんがたくさん訪れてくれたおかげです。
その交流の積み重ねが、いまこうして、私たちを温かく迎えてくださる気持ちにつながっているのだろうと、心から実感しました。
感謝しかありません。

私個人としては、上越を訪れたのは2014年のバスツアー以来でした。
そのときは大雪の直後で、お城にはあがれなかったのですが、今回それが叶い、
しかもその場所に夜叉衆全員が揃っている光景が、まるで夢のようで……。
「あの春日山城に夜叉衆全員が!!」
撮影中は大忙しで、じっくり浸る余裕はなかったけど、それでも
人生長く生きてるとこんなことも起こるんだ、と。
私はキャストのみなさんに勝手に思い入れと思い込みを重ねるばかりですが、
「夜叉衆が帰ってきた……帰ってきた……」
ひとり感極まっておりました。
本編の終わりのほうで「この戦いが終わったら越後に帰ろう」といった景虎が、
私が執筆という戦いを終えた後に本当に「帰ってきている」のが、
しかも夜叉衆全員で「帰ってきた」のが、
(もちろん外見は昭和編なのだけど、その魂が、という意味で)
夢をみているような気分でした。

ミラージュは本当に幸福な作品だな、と。
そして私は世界一幸福な作家だな、と。
またしても噛みしめてしまいました。

鮫ヶ尾城に景虎が立っている姿にも。
そのそばに直江と夜叉衆がいることも。
さらには織田のみんなや美奈子や高坂までいることも。

俳優の皆さんは、私が書いてきた登場人物を体現してくださって、
その体でここに立ってくれている。
小説の中では景虎たちが換生後に鮫ヶ尾城や春日山城を訪れる場面はないのだけど、
だからこそ余計に、この物語のひとつの象徴のようにも思え。
少し離れたところからみんなのわいわいを眺めて、
しみじみと喜びを噛みしめていました。
そしてこの光景を実現できたのは、辻プロデューサーはじめ全スタッフのみなさん、のご尽力の賜物。実現する力のすばらしさ。
辻さん、ありがとう。

私の思い入れはもちろん私ひとりのもので、舞台の皆さんにはともすれば、重くて迷惑だったりするかもしれないので、口にはしないけど、
私の中にあったいろんなものが、美しい景色の中で、天にあがっていくような心地でした。
でもまだ続いている。まだ終わりじゃない。
この頂きで感じたものを、もう一度、今度は舞台で。
ここからがまた最後の険しい道ですが、
しっかり歩いて行けるのではないかと思いました。

ロケ中は新担当tさんがずっと付き添ってもろもろフォローしてくれました。
前担当iさんも新幹線日帰りで駆けつけてくれて。
長いつきあいのtさんと昭和編担当iさんに、
春日山城に揃う夜叉衆をみてもらえたことが嬉しく。
「最後まで見届けたいですから!」
といったiさんの心意気、がっつり受け止めましたよ。
舞台のきっかけを作った恩人ですしね。

翌日、私は鮫ヶ尾城がある妙高市をめぐってきました。
その成果はいずれ何かの形になると思うので
(あ、ミラージュの小説ではないです)
楽しみにしていてください。


皆さん、本当にお疲れ様でした。
ありがとうございました。

※ロケの様子はTwitterのミラステ公式アカウントでご覧になれます。
 ぜひ見てみてください。@mirage_stage

 

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