芝居を観に行こう
作・桑原水菜
「アイザックさん、お芝居観に行かない?」
日曜の朝のことだった。
起き抜けのパジャマ姿で、寝癖のついた金髪もそのままに、眠い目をこすりながら一階に下りてきたアイザックに、奏が見せたのは、芝居のチケットだ。二枚ある。
「うわー、贅沢だね! いいの?」
「ひとみ叔母さんが行くはずだったんだけど、誘ってくれた人が急に行けなくなっちゃったから、ふたりで観に行ってらっしゃい、だって」
「うわーうわー……。行く! 行くよ! どこでやんの? 市民会館?」
「それがね……」
と奏はチケットを見て「ちょっと遠いんだけど……」といい、
「下北沢だって」
「下北半島?」
「ちがうちがう。渋谷の近所。たしか吉祥寺で乗り換えるんだっけ。キンチョーするなぁ」
「シブヤ。そっか。都会に行くから保護者つきってわけだね」
イイヨ! とアイザックがまた、あの変なガイジン日本語になって言った。
「僕が保護者になってアゲル! そのお芝居、観に行こう!」
そんなわけで、ふたりは「芝居」を観に行くことになった。
*
さて、下北沢くんだりまで青梅からくり出してきた奏とアイザックである。おのぼりさん状態で、夜祭りみたいな下北沢の入り組んだ細い道を歩き、やっと劇場にたどり着いた。
「うわー……。なんか人いっぱい」
劇場には人が溢れている。イベント慣れしていない二人は、ちょっとビビッた。
「で、なんて芝居なの?」
「えー……とね。『メデュウサ』だって」
「どんな芝居なの?」
「……全然わかんない。ひとみ叔母さんもよく知らないらしいし」
「ふーん。まいっか。ニホンの芝居なんて初めてだよ。どんなんなのかな。やっぱり風流なのかな。サムライとかゲイシャとか出てくるのかな! チャンバラとかあったらいいなぁ!」
「オレも小学校で観にいった親子劇場以来だよ。着ぐるみが出てきて歌ったり躍ったり、たのしかったなぁ。ワクワクするね! じゃあ、さっそく中に入ろう!」
「おー!」
数時間後。
芝居が終わり、劇場から出てきた奏とアイザックは、ぼう然としてしまっていた。
「……す、すごいのみちゃったね……アイザックさん……」
「……う、うん。ニホンの芝居って……なんだかスゴイネ。はげしかったネ」
どうやら刺激が強すぎたらしい。
「……なんか、しらない世界みちゃったカンジ……」
「まだ胸がドキドキしてるよ。こんなの初めてだよ」
「……お客さんの目の前で、あんなことやこんなことまでしちゃうんだ……おとなの劇ってスゴイね、アイザックさん。オレ、今夜眠れないかも」
「てっきりカブキみたいなの想像してたよ。ニホンの芝居って……ニホンの芝居って」
「どうでもいいけど、アイザックさんッ。白蛇出てきたとこで、オレの目ふさぐもんだから、一番いいとこ見れなかったじゃん!」
「こ、子供は見ちゃ駄目ダヨ! カナデはまだ十五歳だろ!」
「いーじゃん! 女の人の裸みるわけじゃないんだからッ。温泉といっしょだよ!」
「いっしょじゃナイヨ! エロだよエロ! カナデにはまだ早いよ!」
「ね、なにやったの! 白蛇出てきてなにやったの! 気になるよ、教えてよ!」
「とんでもない! 僕の口からは言えないよ! 恥ずかしいヨ!」
劇場から出てきた人々が、ふたりを白い目で見つめている。
奏とアイザックは、思わず顔を見合わせた。
「………。とりあえず、中野ブロードウェイでも寄ってく……?」
「ブロードウェイ? 日本にもあるの? こ、今度は何の芝居?」
「うーん。芝居じゃないけど、心躍るといいますか……落ち着くといいますか」
「今度はサムライいる? いる?」
「えー……と。とりあえず白蛇はいないんじゃないか、と」
〝拝啓。大おばさま。
そんなわけで、ひとつ、大人の階段をあがった気がした一日でした。 奏〟
おわり
*サイト開設二周年・感謝祭の小ネタでした。神紋とシュバルツ連続刊行ということで、プチ・コラボです。しょうもないな…とほんのり笑っていただければ幸いです。(ミズナ)