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プレゼントを探して

プレゼントを探して1

  • 2010/04/26 20:32

 悩ましい季節がやってきた。
 春になると、僕は頭を悩ませる。
 何でそんなに悩むかって? アドルフ兄さんの誕生日が近いからに決まってる。
 5月1日は兄さんの誕生日。バースデーのお祝いを何にしたらいいだろう? って毎年毎年悩んでしまう。そりゃもう頭が禿げそうなほど。
 今まで誕生プレゼントといえば、ずっとカードだった。カード一枚だけど毎年趣向を凝らして頑張った。そのカードもハッディングに託してたけど、今年は直接手渡しできるんだ。カードだけじゃなくて、特別すてきなものを贈りたいじゃないか!
 超騎士に着任してから初めての5月1日がやってくる。
 最近は、任務が終わると気もそぞろ。僕は赴任先の国で必ず兄さんにおみやげを買って帰るんだけど(あ、勿論ちゃんと任務が完了してからだ)誕生プレゼントともなると、ただのおみやげクラスじゃ駄目だ。行く先々で物色しまくるけど、決定打になるものがない。
 そうこうするうちに、もう半月切ってしまった。
 悩みまくる僕を不審げに見ていたのは、パートナーのケヴァンだ。
「この間から何をそんなに悩んでるんだ。アイザック」
「相談に乗ってくれるかい? ケヴァン」
 僕はすぐにとびついた。もちろん素直に打ち明けた。
 すると、彼は大きくため息をついた。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことってヒドイな。大切なことだよ」
「てっきり任務のことで悩んでるのかと思ったのに」
 呆れられるのは慣れたけど、そうあからさまにがっかりしなくてもいいじゃないか。
「プレゼントなんかで頭を悩ますくらいなら、自動小銃の組み立て方をさっさと覚えろ」
「もうマスターしたよ」
「嘘つけ。バラシだけだろ。テストするぞ」
「うっ。それはタンマ」
 ケヴァンは、ほらみたことか、とまた溜息をついた。
「アドルフにプレゼントを贈りたいなら、超騎士としての技術をさっさと習得することだ。おまえが一日も早く一人前になることが、何よりのプレゼントだろ。違うか」
「そう……だけど」
「わかったら、ほら」
 とケヴァンが僕の鼻先に突き出したのはAK47。
 小銃の組み立てなんかより、兄さんの好きな飛行機のプラモデルを組み立てたいんだけどな……。
 そうだ。何か、よい知恵はないか、みんなにも聞いてみよう。

プレゼントを探して2

  • 2010/04/27 21:09

 ちょうど食堂にグレイグとカサンドラがいた。
 グレイグたちなら、きっといいアイデアを出してくれるに違いない。
 僕はさっそく声をかけてみた。
「もらって嬉しいとっておきのプレゼント?」
 面倒見のよさでは超騎士一番のグレイグは、僕の質問にイヤな顔ひとつせず、答えてくれた。
「うーん……そうだなあ。俺だったら……」
「グレイグだったら?」
「トーテムポールかな。うちんちの庭のコレクションをもっと増やしたいんだ」
 北米の先住民族に伝わる精霊術が専門のグレイグらしい答え、ではある。
 なんでも、人が絶えてしまった村のものを貰い受けて保存しているのだとか。
「大変なんだぞ。アースガルズまで持って帰るの」
 ううーん。兄さんにトーテムポールかあ。
 王宮の庭に立てたら、それはそれでかっこよくて喜ばれそうだけど。
「馬鹿ね。アイザックはアドルフの誕生プレゼントのことを訊いてるのよ」
 と、横から口を挟んでくれたのはカサンドラだった。察しのよさは、さすが姉御だ。
「もうすぐアドルフの誕生日だものね」
「そうなんです。何を贈ったらいいのか、迷いまくってしまって」
「そうねえ。あたしだったら強力なリフトアップ化粧品とかにするけど。アドルフの趣味は?」
「色々。最近は数独にハマってた」
「蒐集癖とかは?」
「子供の頃はびんの王冠集めとかしてたけど」
 さすがに今はしてないだろう。(本当の王冠持ってるし)
「こりゃ悩ましいなあ。珍しいオーパーツなんかどうだ。水晶ドクロとか」
「アレは最近バッタもんも多いのよねえ。恐竜土偶なら集め甲斐あるわよ」
「土偶はなあ……。所詮古代のフィギュアだからな」
「アドルフを喜ばせるなら、ピリ・レイスの地図あたりが知的でいいんじゃない?」
 どっちにしても、博物館から泥棒しないといけないようだ。
 いくらなんでも、贈り物が盗品じゃあなあ……。
「ありがとう。もう少し考えてみるよ」
 僕は他の人をあたってみることにした。

プレゼントを探して3

  • 2010/04/30 20:14

 屋内習練場を訪れると、ジュードとハッディングの姿があった。
 ふたりして、マーシャル・アーツの特訓中だ。
 超騎士きっての渋いオヤジ組(失礼。でも僕からすればハッディングは養父だし)は、時間が合うと、しょっちゅう二人で世界中から仕入れてきた格闘技の研究をしている。そんな二人に訊いてみた。
「プレゼントだと? 別に悩んでないで、何が欲しいか、本人に直接訊いてみればいいじゃないか」
 と、ハッディング。そのとおりなんだけど、それじゃサプライズがないじゃないか。
「意外なもので喜ばせたいんだよな。アドルフは頭脳系のゲームが好きそうだから、そういうのはどうだ」
 と、ジュード。兄さんが喜ぶ頭脳系ゲームって、なんだろう。こないだNYのおもちゃデパートでみつけた億万長者になるすごろくは、僕は好きだけど、兄さんはすぐ飽きちゃったみたいだし。
「単純なほうが奥が深いってこともある。ニホンの花札なんかは風流でいいぞ。ゲイシャが遊ぶ東洋の神秘ってかんじだ」
「麻雀なんかどうだ。あれは、やみつきになるほどハマるぞ」
「おお、確かに。麻雀ならアドルフもきっとハマる。きっと強いな。ヘルムートが詳しいから、やり方も教えてくれるはずだ」
 ふたりがあんまり勧めるので、僕は勇気を振り絞って(苦手な)ヘルムートに声をかけることにした。
 すると、ヘルムートは青筋を立てて、言下に、
「あの小僧と雀卓を囲むなど、ありえん!」
 小僧って……。いちおう、兄さんは樹海帝なんですけど。
「誰が教えてやるか! 麻雀は東洋の神秘の結晶だ。あんな青二才に理解できるほど単純なものではない」
 聞けば、ヘルムートはプロの麻雀師と手合わせして勝つほどの……(以下略。このひと結構ゲームマニアだ)
 全然取り合って貰えなかった。
 うーん。困ったなあ。ハッディングたちのイチオシなんだけど。
 仕方なく、麻雀は保留して、僕は他の人に当たることにした。そこに通りかかったのは、アランだ。何やら大きな段ボール箱をいくつも重ねて抱えている。
「あーん? プレゼントだとう? こっちゃ今それどころじゃねーんだ」
「あ、ごめん。何か手伝おうか」
「だったら、そこにある段ボールを玄関まで運べ」
 僕は一緒になって段ボールを運んだ。
「いやに軽いけど、これ中身はなに?」
「パーティグッズだ」
「パーティ? なんの?」
「うちの実家でケヴァンの誕生パーティを開くんだ」
 え! 僕は思わず立ち止まった。なにそれ。
「ケヴァンの誕生日って……それ、いつ?」
「4月30日」
「うそ!」
「おまえそんなことも忘れてんのか。休みだろうが」
 すっぽり頭から抜けていた! 兄さんの誕生日の前日だ。
 まずい。ケヴァンも誕生日だったんだっけ!
 プレゼントどうしよう!?

(つづく)

プレゼントを探して4

  • 2010/05/01 13:45

 さあ、困った。
 ケヴァンと兄さんの誕生日がWでやってくる。
 まだ兄さんへのプレゼントすらも決まってないのに、僕はどうしたらいいんだろう。
 ケヴァンは僕の導師(グル)代理。指導してもらっている身とは言え、まがりなりにもパートナーだ。パートナーの誕生日も忘れるなんて僕は相棒失格だ。日頃からお世話になりっぱなしだし、ここってときに御礼の気持ちを形にしなきゃ!
 でも何を贈ったらいいんだろう。ケヴァンの好きなものって? 趣味ってなんだっけ。好物は。興味を持ってるものは? うう。何もわかんないよ。
 僕はこんなに一緒にいるのにケヴァンのこと全然知らないんだ……。
 打ちひしがれているところに、通りかかったのはウルテアだ。
「まあ。そんなに暗い顔をしてうなだれて、どうしたの?」
 僕は藁をもすがる想いでウルテアに相談した。すると、彼女はホホホと小さな口で上品に笑い、
「プレゼントをしたいなら、彼が喜ぶことをすればいいんですよ」
「それってカラシニコフを組み立てられるようになることですか」
「それもあるでしょうけど」
 コソ、とウルテアが僕に耳打ちをしてくれた。
 あ! と思った。その手があったか。
「ありがとうございます! ウルテア! それなら僕にもできそうです」
 ウルテアはにっこりと微笑んだ。
 そこに「アイザック様ああ!」と叫びながらバタバタと駆けつけてきたのは、担当の超騎士補佐官ゲオルグだった。
「アイザック様、こちらにおいででしたか」
「え、はい。ここにいました」
「い、今すぐ王宮にいらしてください!」

 兄さんからの急な呼び出しを受けて、僕は何事かと慌て、王宮にある兄さんの部屋に大急ぎで駆けつけた。用件も言わないから病気で倒れでもしたかと思ったんだ。
 書斎のドアの向こうには、いつも通り元気な兄さんがいた。
「来たか。アイザック」
「え……兄さん。体は大丈夫?」
「なんのことだ」
「急な呼び出しだもんだから、てっきり熱でも出したのかと」
「ははは。僕はいたって元気だ。それより支度はできたのか」
「支度……っ」
 プ、プレゼントのことだろうか。
「それがまだ」
「まだだと? もう明日なんだぞ。おいおい、衣装合わせもしてないっていうのか。ゲオルグは何をやってるんだ」
「明日? 兄さんの誕生日は、五日後じゃ……」
「ばか。おまえの誕生日だろ。超騎士に着任して最初の誕生日には、晩餐会が開かれるんだ。そこでのスピーチの準備はできたかって聞いてるんだ」
 あ!
 すっかり忘れてた!

(つづく)

プレゼントを探して5

  • 2010/05/09 03:02

 今日、4月27日は、僕の誕生日だった。
 兄さんの誕生プレゼントのことで頭がいっぱいで、自分の誕生日を忘れるなんて。
 しかも超騎士になって初めての誕生日には、晩餐会が開かれる。王宮あげての大バースデーイベントってところだ。担当補佐官のゲオルグは、もちろん忘れていたわけじゃないわけで、外との往き来で忙しい僕の代わりに、衣装から食事からお土産から、全部の支度を調えていてくれた。肝心の僕に伝えることだけ忘れてたっていうから、なんだかなってカンジだ。(もっともゲオルグは、当然、僕も知ってるものだと思ってた)
 晩餐会はそれはもう盛大で…といってもSSSの最中だからこれでも控えめな方なんだけど、僕の着任式以来の華やぎだ。
 僕は王子様みたいな、きんきらでひらひらの正装だ。かなり気恥ずかしい。ゲオルグの見立てだから仕方ないけど、いくらアースガルズでも古風すぎちゃって、案の定、アランに笑われた。
「おまえ、白タイツはさすがにヤバくね?」
 僕もそう思うけど。
 チェックしなかった僕が悪いんだけど。
「なかなか似合うぞ! ルイ14世みたいでいいじゃないか!」
「よっ。アースガルズの太陽王」
 言いながら、ジュードとハッディングは笑いをこらえてる。やめてよ。
「………」
 ケヴァンにいたっては黙り込んでしまっている。この沈黙が何よりツライ……。
 そんな僕を救ってくれるのは、いつだってアドルフ兄さんだ。
「いいじゃないか! ザック! おまえは背が高いから何でも似合うな!」
 青い目をきらきらさせながら、誉めてくれる。裏がないから嬉しい。
「そ、そうかな……」
「立派な貴公子に見えるぞ。さすがヴァルトミュラー家の男だ。うちの先祖を遡ればハプスブルク家に繋がるらしいから、きっとその血だな」
「白タイツをはけば、誰でもハプスブルク家だな……」
「ケヴァン。水を差すな」
 兄さんは相変わらず眩しい。兄さんの正装は太陽王もハプスブルク家も後込みするくらいだ。正直、主役がかすむので、まあ、これくらい、きんきらのほうがいいんだろうけど。
「それでは、本日の主役、アイザック様より皆様にご挨拶です」
 あああ、きちゃった。スピーチは大の苦手なんだ……。
「ほ、ほ、本日はお日柄もよく、あー……えー……晴天なり」
 ゲオルグが掲げるカンペは、見事に逆さまになっている。それじゃ読めないよ。しどろもどろになってる僕に、
「そういえば先日のトルコでの任務は、悪漢を十人ひとりで倒したのだったな」
 と不意に横から兄さんが助け船を出してくれた。
「そ、そうです。僕ひとりで」
「剣で倒したのか? それとも精霊術で?」
 兄さんがいい具合にインタビュアー役をしてくれる。おかげで僕は皆を退屈させないくらいには持ち時間を消化することができた。
「……まだまだ超騎士としては新米ですが、アースガルズを救うために全力で頑張ります。ご支援ご指導ご鞭撻のほど、どうか、よろしくお願い致します」
 僕が「ダンケ・シェーン」と言うと、即座にゲオルグがテレビ番組収録中のADみたいに腕をぐるぐる回した。おかげで盛大な拍手をもらえた。涙でる。
 兄さんがおもむろに立ち上がった。
「それでは、私からの誕生プレゼントだ。開けてみてくれ」

(つづく)

プレゼントを探して6

  • 2010/05/16 06:42

 兄さんから渡された箱の中に入っていたのは、銀色のネクタイピンだった。
 ヴァルトミュラー家のシンボル「エルベの聖十字架」をモチーフにしたデザインで、小さな青い石がはまっている。僕の守護石アイオライトだ。
 これは、すごい。
「二十歳の誕生日おめでとう。外の任務ではスーツを着ることもあるだろう。ネクタイをしめた時に使うといい。大人の男のたしなみだ。これなら大統領の前にも出られるぞ」
「兄さん……」
 この見事な象嵌。きっと全部兄さんが細かく注文したんだろう。
 僕は胸がいっぱいになった。
「う、うれしいよ、兄さん。ありがとう」
「まあ、まずはネクタイのしめ方から、だろうけどな」
 立派な大人になるんだぞ、と兄さんは言った。
 ああ、もちろん。僕は兄さんに負けないくらい立派な大人の男になる。

 あいにくアースガルズにはネクタイをつける習慣はない。
 だから、早く外に行ってとにかくネクタイをしめてみなきゃと思った。
 越境命令は幸いすぐに出た。翌日、急遽あちらに戻るよう総帥(コマンデーア)から指示があったのだ。僕はケヴァンと一緒に急ぎノルンの泉に向かい、慌ただしく越境した。
「で、今回のミッションは?」
「ああ。なに、すぐに済む」
 と言ってケヴァンが僕を連れていったのは、最寄りの街ミュンヘンだった。
 任務というけれど、大がかりな武装はせず、ケヴァンはなぜか普段着で街を歩き回り始めた。なんだろう。何かの探索とか聞き込みとか、そういうヤツなのかな。
 と思っていたら、彼は一軒の店に入った。
 これは……洋服の、仕立屋、さん?
「やあ、ケヴァン。久しぶりだね」
「こんにちは、ご主人。今日はこいつにスーツを仕立ててやって欲しいんだ」
 ええっ! 僕のスーツ?
 まさか任務って。
「超騎士アイザックにスーツを一着仕立ててやる。そいつが今回のミッションだ」
「ケヴァン? 君が!」
「ばか。俺じゃない。皇帝命令じゃ逆らえないからな」
 僕はぽかんとしてしまった。兄さんだ。
「前にNYの任務で着たヤツはいかにも取って付けの既製品だったからな。おまえの容姿なら使う機会も多そうだから、とりあえず二、三着作っとくか」
「さあ、上着を脱いで。採寸しましょう」
 何が何やら分からないうちに、どんどん作業が進んでいく。僕が仕立屋のご主人にメジャーをあてられている横で、ケヴァンは生地を見繕っていた。もちろん僕の好みを差し挟む余地はなく「任務に使いそう」て理由でどんどん決められていく。僕はお人形みたく棒立ちして寸法を提供するだけだ。
 最後にケヴァンが持ってきたのは、ネクタイだった。

(つづく)

プレゼントを探して7

  • 2010/05/22 20:26

「ネクタイピンがあって、肝心のネクタイがないんじゃ、な」
 ケヴァンは何本か見繕ってきたものを、次々と僕の首にあてて、これでもないあれでもない、と選んでくれる。はっきり言って僕はセンスに全く自信がないから、彼に任せておけば安心なんだけど、……されるがままの僕は、お嫁さんの尻に敷かれてる気弱な旦那さんみたいだ。
 ネクタイ五本と小物を揃え、支払いを済ませて完了だ。
 ケヴァンはしっかり領収書をもらってた。
「よし。次は靴屋だ」
 皇帝命令の買い物は、まだまだ続くのである。

 任務完了して「騎士の館」に戻ってきたのは、日もとっぷりと暮れた頃だった。
 車のトランクは、戦利品でいっぱいだ。中に運びこむだけでも大騒ぎだった。
「いやあ……。買い物って疲れるんだね」
 一日でこんなにたくさん買い物したことなんて、生まれてこの方、一度もないから、僕はすっかりへとへとだ。精も根も尽き果ててソファにぐったり身を預けた。
「ドキドキしちゃうよ。自分のためにお金使うのって心臓に悪いよ。大体、東ドイツにいた時は買い物したくても品物自体がなかったし」
「だろうな」
「西側の生活って大変なんだね」
「もう西も東もないがな。せいぜい反動で浪費しないように。……ああ、そうだ。ザック。これを」
 ケヴァンが思い出したように、僕へと差し出したものがある。ん? なんだこれ。包装紙できれいにくるんだ箱だ。可愛いリボンがかかっている。え、リボン?
「俺からの誕生プレゼントだ。受け取れ」
 え? え? ええ……!!
 いまなんて!?
 僕は思わず前のめりになって目を剥いてしまった。
「プレゼント? 君から僕に誕生プレゼント?」
「安心しろ。そいつは領収書は貰ってないから。気に入ったら使え」
 とぶっきらぼうに言い残すと、ケヴァンは去っていってしまった。僕は慌てて包装紙をはいだ。ネクタイだ! 一本だけ、プレゼント用に包装されたネクタイ。
「う、うさぎ柄……?」
 りんどうの花を思わせる青い生地に、小さなウサギが刺繍されてる。
 さっき選んでたネクタイの中には、なかった。
 ってことは、前もって?
 裏返すと、ちゃんと僕の名前が刺繍されてる。
 しかも、メッセージカードが入ってた。

 『ニコラに笑われないよう。早く一人前になれよ。 ケヴァンより』

 僕は色んな意味で泣きそうになった。
 ああ……。こんな先輩をもって、僕は本当にシアワセだ……。

(つづく)

プレゼントを探して8

  • 2010/05/29 22:06

 明日、ケヴァンは早々にアースガルズへ戻らなければならない。
 そうと知った僕は、ケヴァンへの誕生プレゼントを前倒しすることにした。
 夕食後、僕は彼を急遽「騎士の館」の習練場に呼びだした。
「なんだ、ザック。突然、こんなところに呼び出して」
「勝負してください」
 僕は訓練用の偽剣を差し出した。
「これで」
 いかにも唐突な試合の申し込みだってことは分かってる。ケヴァンはいぶかしげにしていたが、すぐに気持ちを切り替えて、剣をすらりと構えた。
「いいだろう。来い」

 騎士学校ではこれでも剣に自信があった。
 でも超騎士に着任してから、僕の腕なんぞ学校剣術の延長、先輩たちに比べれば、素人に毛が生えた程度でしかないと散々思い知らされてしまった。
 超騎士はあらゆる武術のエキスパートでなければならない。精霊術も格闘術も射撃術も、およそ闘いと称する行為に用いるもの全てに精通してなきゃ一人前とは言えないんだ。
 剣術は、基本中の基本だ。
 あの英雄ジュードから直々に鍛え込まれたケヴァンは、言うまでもなく、馬鹿みたいに強い。小柄だからリーチが短い分を敏捷さで補って、思いもかけないところから、剣先が迫る。くるくるよく動いて魔術みたいだ。僕の動きなんかスローモーションに見えているのかもしれない。
 そんな彼から一本とるのは正直、至難の業なんだ。
「どうした。その程度の腕でよくぞあのアランから一本とれたもんだな」
 僕が肩で荒く息をしているのを、ケヴァンは息一つ乱さず眺めている。1時間近くやっても、かすりもしない。
「まだまだぁっ!」
 こんな調子で、もう何十本とられたか分からない。
 でもこの日の僕は執拗だった。ギブアップするわけにはいかない理由があったんだ。
 休憩もとらずにぶっ通しで二時間。さしものケヴァンにも疲労の色が見えてきた。
 僕の体は重たいけれど持久力にかけては自信がある。毎日の筋トレだけは、どの先輩にも負けてないはずだからだ。疲労が蓄積した彼の剣先の、一瞬の揺らぎを、僕は見逃さなかった。
 僕の剣は、ついに、彼の喉元を見事捉えたんだ!
 もちろん剣先にはキャップがついてるし防具をつけているから、突かれても怪我はない。でも喉を突かれたケヴァンは、激しく咳き込んでしまった。……力いれすぎたかな。
「大丈夫かい」
「ばか。アゴの骨にあてるな。致命傷にならないぞ」
 突くならここだ、と急所を指さす。どこまでも先生なんだ。
「まあ、いい。一本くれてやる」
 その言葉を待っていた。僕はすぐさま防具をとると、剣を床に置き、ケヴァンの前で恭しく膝を落とした。
「な、なんだ? いきなり」
「いまの一本を、君に捧げます。お誕生日おめでとう、ケヴァン」

(つづく)

プレゼントを探して9

  • 2010/06/06 01:59

「いまの一本を、君に捧げます。お誕生日おめでとう、ケヴァン」

 僕は大まじめだったんだ。
 目一杯、行儀良く、サプライズしたつもりだった。

 なのに、顔をあげてみると、ケヴァンは大きな目を瞠った後で、これでもかってくらい大きな溜息を、しみじみとついてみせたんだ。え? なに? なんでそこで呆れるの?
「何が君に捧げるだ……。情けない」
「えっ。だって、この僕が君を負かした一本だよ。嬉しくないの?」
「さんざん人をヘトヘトにしてようやくもぎ取った一本なんかで、偉そうに言うな」
「いや、でも」
 ウルテアにだって言われたんだ。「彼にあなたの成長を見せてあげることが、何よりのプレゼントになるはずですよ」って。だから、こうして。
「わかったわかった。もういいから、部屋に帰って寝ろ」
「ちょ、僕は大真面目だよ。君から一人前の相棒って認めて欲しくて、毎日頑張ってるつもりだよ!」
「筋トレをか」
 ケヴァンは偽剣を鞘に返して防具を取ると、僕へと向き直った。緑がかった黒髪が、汗でぺったり張り付いていた。
「俺に勝利を捧げたいなら、次は三分で一本、取ってみろ。敵は二時間も一緒に闘ってはくれないぞ」
「う……。そ、そうだね」
「まあ、これはこれで成果のひとつだと思って受け取ってやる」
 ケヴァンは防具を僕のほうへ投げてよこした。
「まずは俺より長く闘えるってことが証明できたわけだ。その持久力だけは認めてやる。プレゼント、確かに受け取ったぞ。ダンケ、アルジス」
「ケ、ケヴァあン……」
 僕は感激のあまり思わず抱きつこうとしたけど、案の定、すぐ引っぺがされた。
「明日も早いんだろ。いいから早く風呂に入って寝ろ」
「え?」
「俺は導師代理だぞ。おまえが毎朝マラソンを日課にしてることくらい知ってるさ」
 おやすみ、と言うと、ケヴァンは習練場から去っていった。僕は手袋を外して、手のひらを見た。まめだらけだ。まだ、じんじんして熱い。腕全体に彼と交わした剣の感触が残ってる。
 うん。僕はなってみせる。一人前の「君の相棒」に。
 明日は四月三十日。ケヴァンの誕生日だ。
 それにしても、彼は本当はいくつになるんだろう?

 翌日、彼はアースガルズに戻っていった。だけど僕はまだ帰れない。こっちでやらなきゃいけないことがあったんだ。
 騎士の館の主シュミットさんに手伝ってもらって、再びミュンヘンの街に戻り、僕は買い物に奔走だ。来るべき明日に向けて、やらねばならない支度があった。
 防水パックに何重にもくるんで、アースガルズに持ち帰る。
 さあ、いよいよ明日はアドルフ兄さんの誕生日だ。

(つづく) 

プレゼントを探して10

  • 2010/06/13 09:37

 五月一日。
 アースガルズは樹海帝の誕生日を祝って、大にぎわいだ。
 もっとも今はSSS(ドライエス)施行中で華美なことはできないが、それでも王宮には色んな人がお祝いを述べにくるし、ちょっぴり花火もあがるし、美味しい料理も振る舞われる。アドルフ兄さんはおかげで大忙し。日中は僕とのんびり話す時間すらない。
 先日の僕と昨日のケヴァン……と誕生祝日続きで、イイカンジにアースガルズは連休週間。さながらゴールデンウィークだ。
 超騎士からは皆を代表して総帥(コマンデーア)がお祝いの品を持っていくそうだ。昔は豪奢なお誕生パーティが開かれて、超騎士も原則全員出席だったけど、それは兄さんが禁じた。だから今は帰国しないで外で仕事してる超騎士も半分くらい。
 まあ、兄さん嫌いケヴァン嫌いなヘルムートなんかは、わざとあっちに留まってるみたいだけど。
「あらあら。珍しいこともあるものですね、アイザック様。キッチンで何をなさっているんです?」
「あ、アウローラさん。ちょうどいいところに。ソースの味見してくれる?」
 アウローラさんは超騎士宿舎のばあや的なひとで、僕たちの身の回りの面倒をみてくれる。ふっくらした体はいかにもおふくろさんてカンジだし、笑顔がとびきり優しい。僕が普段踏み入らないキッチンで何やら料理中だったもんだから、びっくりしたみたいだ。
「まあ、これは?」
「アドルフ兄さんへのプレゼント」
「素敵なお味」
「ほんと? 僕も久しぶりだから、こんな味でよかったか不安なんだけど」
 舌の記憶を頼りに再現するのは、至難の業だったんだ。
「よし。完成だ。冷めないうちに、行って来ます!」

 兄さんには一応、言伝しておいた。
 夜は時間をあけといて。あと、夕ごはん食べ過ぎないでいて。
 僕が王宮に着いたのはお客さんたちが家路につく頃だった。プチ晩餐会で、兄さんの公務も終わる。僕はクリスマスの日同様、先乗りして、兄さんの部屋で兄弟水入らずの誕生祝いをする支度を始めた。
 今日はクラッカーは鳴らさない。
 きちんと正装して、騎士らしく、かっこよく凛々しく迎えるんだ。
『お誕生日おめでとうございます。アドルフ兄さん』
 うんと大人っぽくね。
 そして、まず花束贈呈。それからそれから、じゃじゃーん、とばかりに、おもむろに、お皿にかぶせた銀の蓋を開けて……。

 唐突に、扉が開いた。
 振り返ると、兄さんがいる。
 ナイフとフォークを並べようとしてた僕は、その姿勢のまま、固まった。
 あれ?
 あれれ?
 早すぎるよ!

「アイザック……、この匂いは」
 セッティング中のテーブルには、僕のプレゼントがある。
 兄さんの威厳に満ちた美貌が、子供みたいに破顔した。
「カリーブルストだ!」

(つづく)

プレゼントを探して11

  • 2010/06/20 21:33

 そう。
 僕から兄さんへのプレゼントはこれだ。
 兄さんの大好物「カリーブルスト」だ。

 え? 知らない?

 カリーブルストというのは、ラードで炒めた皮なしソーセージに、カレー粉入りの特製ソースをかけたもので、ちょっとしたファストフードだ。僕たちが東ベルリンにいた子供の頃、しょっちゅう食べてたインビス(軽食)だ。
 高架下のおばちゃんがやってるお店のが最高に美味しくて、兄さんは毎日通ってもいいっていうくらい大好きだった。一度でいいからお腹いっぱい心ゆくまで食べてみたいって言ってたのを、僕はちゃんと覚えていたんだ。
 ベルリンのお店にまで行ってテイクアウトしようかとも考えたけど、僕がベルリンに帰る時は兄さんも一緒だって心に決めてたから、頑張って再現することにした。
 秘伝の特製ソースは門外不出らしいんだけど、そこは泣く子も黙るアースガルズの超騎士。騎士の館の主シュミットさんがあらゆる筋からこっそりレシピを手に入れてきてくれた。本物は専用の容器に入って出されるんだけど、それは僕が手作りした。
 そんなこんなで、夢のカリーブルストの再現に成功したのだ! ……したはずだ。
「さあ、今日はお腹いっぱい食べれるようにいっぱい作ってきたんだ。たんと食べて! 兄さん!」
「ありがとう! では遠慮なくいただくよ!」
 兄さんは勢いよくガブッといった。
 一瞬、あれ? ていう顔をした……ような気がしたけど、
 すぐに凄い笑顔に戻って、
「おいしい! おいしいよ、ザック!」
「ほんと?」
「うん、まさにこれだ。高架下のおばさんのカリーブルストだ! いや、本物よりももっと美味しいよ!」
「そ、そうかい? いっぱいあるよ。ワインも買ってきたんだ。一緒に食べて食べて!」
 兄さんは嬉しそうに心ゆくまで僕のカリーブルストを堪能し、完食した。とっても満足そうな顔してくれたから、僕も嬉しくてたまらない。大満足だ。大成功だ。
「ありがとう。ザック。最高のプレゼントだ。こっちに来てから、ずっとこの味が恋しかった。やっと夢が叶ったよ。乾杯だ、ザック。おまえのカリーブルストと最高の誕生日に乾杯」
「乾杯、兄さん」
 かちぃん、とグラスがきれいな音を立てた。
 僕たちは兄弟水入らずのパーティを心ゆくまで楽しんだ。
 本当に夢のような誕生日だったんだ。


 さて翌日。
 二日酔い気味の頭を抱えて、達成感に浸っていた僕のもとに、アランがふらりとやってきて、こんなことを言った。
「おい、ザック。おまえ、俺の鯨オイル見なかったか?」
「え? 鯨?」
「ああ。アダトの爪を磨く専用脂なんだが、冷蔵庫に入れといたはずが、ねえんだよな」
「えー…と、みてないと思いますけど」
「っかしーな。まだいっぱい残ってたはずなのに。代わりになんか変な脂はあったんだが」

 ま・さ・か……。

 僕は慌ててキッチンに引き返した。冷蔵庫を開けてギャーと悲鳴をあげた。
「やってしまったあああ!」
「はあ?」
「ラード!! ここにあるのが僕の持ってきたシュミットさんのラードだよ! 間違ってソーセージ炒めるのにアランの鯨脂使っちゃったんだ!」
 兄さんが変な顔をしたのはそのせいだったんだ。特製ソースに気を取られて、ソーセージの味見を忘れてた!
「たいへんだあああ!」

 案の定、兄さんはおなかを壊して公務を休んでた。
 一足先に、ケヴァンが見舞いに来てたみたいだ。僕が血相を変えて王宮に向かっている最中のことだ。ケヴァンはやっぱり呆れてたという。
「……変だと思ったら食べなきゃいいのに」
「そんなわけにいかないよ。せっかく弟が作ってくれたんだ」
 ソファに横たわった兄さんは、ちょっと頬がこけたカンジで答えたとか。
「まったく兄馬鹿にもほどがある」
「こんな幸せで腹をこわすなら本望だよ。私は」

 僕のクローゼットには、今、
 兄さんから貰ったタイピンとケヴァンから貰ったネクタイが収まっている。
 それらを一人前に凛々しく身につける頃には、きっと美味しいカリーブルストを作れるようになってるだろう。
 待っていて、兄さん。待っていて、ケヴァン。
 僕のチャレンジは始まってるんだ。

 来年はきっともっと凄い誕生日がやってくる。


(おわり)

*****

長々とおつきあいありがとうございました。
まだ番外編もありますので、シュラバ明けた頃にでもUPしようと思います。奏編です。
よければそちらもおつきあいください。

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