企画ページ

神を爪弾く

		
		

神を(つま)()

           作・桑原水菜


 ここは、滅びた神の棲処。
 廃墟と化した神殿。
 誰に顧みられることもない、崩れた石柱。
 祈りを捧げる者も絶えた、苔むした祭壇。
 遙か古の熱狂を刻む石碑、
 摩耗した絵文字を撫でる、虚ろな風。

 おまえは眠れる神。
 すでに滅びて、柔らかな夢にまどろむ。
 絶え間ない熱風に晒され、疲れ果てた大地を、
 冷たい夜の沈黙が、死のように癒す頃、
 荒々しい松明を掲げ、露草を踏み荒らし、
 私は(きた)る。
 おまえを包む、安寧の()()を引きちぎる。

 目覚めよ、私は求める。
 おまえを滅ぼしたこの腕で、おまえを抱きあげる。
 弔いの泉に身を浸し、その黒髪をすくい上げ、
 太古の魚のごとく交わろう。
 濡れる鱗をこの指で、ひとつひとつ剥がしながら、
 おまえの悲しみを暴いてやろう。
 
 ──もういい。誰も触れないでくれ。
      そっとしておいて。独りで眠らせて。

 孤独であり続けることだけが、
 おまえの安らぎなのだとしても。

 呪う声が溶けて飴色の悲鳴に変わるのを、
 私は歌のように聞いている。
 この私が、私だけが知る、おまえの音色。
 この指で爪弾く。

 ここは、朽ちた絆の墓。
 青ざめた月夜の列柱。
 とうに滅びたおまえに触れられるのは、私だけ。
 この私の躯だけが、おまえの凍る心臓に甘い血を送り込む。
 身に巡れば巡るほど、私に餓えて、今宵も眠れぬ。

 幾度でも幾度でも。
 果てしなく交わろう。巡る時は無限。
 絶望もなく希望もない、虚無のしとねに身を横たえて、
 王者の口づけが、孤独な神の、唇に降る夜。
    

  • 2010.9.23 WEB書き下ろし

BACK