神を爪弾く
作・桑原水菜
ここは、滅びた神の棲処。
廃墟と化した神殿。
誰に顧みられることもない、崩れた石柱。
祈りを捧げる者も絶えた、苔むした祭壇。
遙か古の熱狂を刻む石碑、
摩耗した絵文字を撫でる、虚ろな風。
おまえは眠れる神。
すでに滅びて、柔らかな夢にまどろむ。
絶え間ない熱風に晒され、疲れ果てた大地を、
冷たい夜の沈黙が、死のように癒す頃、
荒々しい松明を掲げ、露草を踏み荒らし、
私は来る。
おまえを包む、安寧の胞衣を引きちぎる。
目覚めよ、私は求める。
おまえを滅ぼしたこの腕で、おまえを抱きあげる。
弔いの泉に身を浸し、その黒髪をすくい上げ、
太古の魚のごとく交わろう。
濡れる鱗をこの指で、ひとつひとつ剥がしながら、
おまえの悲しみを暴いてやろう。
──もういい。誰も触れないでくれ。
そっとしておいて。独りで眠らせて。
孤独であり続けることだけが、
おまえの安らぎなのだとしても。
呪う声が溶けて飴色の悲鳴に変わるのを、
私は歌のように聞いている。
この私が、私だけが知る、おまえの音色。
この指で爪弾く。
ここは、朽ちた絆の墓。
青ざめた月夜の列柱。
とうに滅びたおまえに触れられるのは、私だけ。
この私の躯だけが、おまえの凍る心臓に甘い血を送り込む。
身に巡れば巡るほど、私に餓えて、今宵も眠れぬ。
幾度でも幾度でも。
果てしなく交わろう。巡る時は無限。
絶望もなく希望もない、虚無のしとねに身を横たえて、
王者の口づけが、孤独な神の、唇に降る夜。